ストーンズのインテリジェンス

ローリング・ストーンズの昨年出たアルバム「ア・ビガー・バン」。

曲や演奏の雰囲気ははっきり言って、いつものストーンズ節である。かっこいい、と思うけれど、特別新しくもない。いつもの感じ、と言っていい。マンネリ、といったら大いにマンネリである。
マンネリだけれど十二分にかっこいい。勢いがある。開き直りもある。「オレ達はストーンズだぜ、文句あっか?」ってなもんだ。

このアルバムでいちばん感心したのは「コンピュータによる、演奏の編集を(ほとんど)していない」という点だ。
いや、実際のところはよく分からない。見ていたわけじゃないし。
本当は編集しまくったのかもしれない。
でも、僕の耳にはあまりそういう点で手を加えたように聞こえないのだ。
これはどういうことかというと、「わりと下手な演奏もそのまま生かしている」ということだ。
もちろんただ下手なわけではない。
ちょっと下手に聞こえるかもしれないけれど、この方が勢いがあってかっこいい演奏、なのだ。

プロアマ問わず、レコーディングという作業にある程度通じている人には常識かもしれないがそういうことを余り知らないであろう方のために書くと。
いま、「メジャーレーベル」からリリースされる作品の99.5%くらいのCDアルバムは「コンピュータ編集」という作業を経て世に出てくる。
どういうことかというと、人間が演奏してマスターディスクに録音された音源をミックスダウン、マスタリングする過程で修正してしまうのである。

人間の演奏、というのはかなり上手な人でも「譜面通り」という意味で見ていくと「アラ」や「ムラ」がある。
リズムや音程がちょっとずれることが多いのだ。
もちろん、プロレベルの「ちょっと」だから素人のちょっとずれる、とはエライ差がある。普通に聞いたら、「これで充分じゃん」というくらい、ハイレベルな部分である。
そのハイレベルな部分での「ちょっとしたミス」〜ある意味顕微鏡レベルのミス〜を最先端の音楽編集用のソフトを使って修正していくのだ。現在の音楽制作の現場では。
ちょっとずれた音程も、微妙にずれたリズムも、ハイ、一丁上がりってなもんで、キレイに治ってしまう。
見事なモンである。

こういう修正作業というのはコンピュータが出てくる以前の、マルチトラックテープレコーダーというモノが現れた、ごく初期から脈々と色々な手段を用いて行われてきた。
いいとか悪いとかを通り越して、そういう作業自体はもう「そこにあるもの」だったのである。
だが、その作業の質はコンピュータ編集によって格段に向上した。
コンピュータ編集以前では考えられないくらい、緻密な編集作業が可能になったのだ。

その結果『音楽CDの演奏品質』は著しく向上した。

よいではないか。
何一つ問題ないではないか?
音楽のCDだって「製品」でもあるのだからそういうレベルでも「向上」すべきだろう...。

んあぁ???

昔はよかったとほざくオヤヂの、同類になってしまう危険を省みず。
音楽はそういうモンじゃないだろうがよー。
細部までいじくりすぎてすっかり鮮度や勢いを失った、クソみたいな演奏が、CDにパッケージされて世に流通する。
ゴミを増やすんじゃないよ、まったく。

このストーンズの「ア・ビガー・バン」のえらいところはこのコンピュータ編集を「演奏を上手に聴かせる」という方向には使っていない点である。もちろん、2005年に作られたCDだ。コンピュータ編集ゼロの訳はない。どこかでは使っているだろう。
そして、ストーンズだって演奏面の編集に置いてコンピュータを多用したことだってあるのだ。1997年のアルバム「ブリッジズ・トウ・バビロン」は内容の善し悪しはべつにして、コンピュータ編集をかなり使っているアルバムだ。

それを今回、敢えて演奏の編集にはほとんど使っていない。
スライドギターの音程はアヤシイし、ヴォーカルだってアレ?って思うところがある。
チャーリーのリズムだって現在の基準で言えば、かなりばたばたで後ろよりだ。

だが、それがなんだ?

この演奏を「リズムジャスト、音程ジャスト」になおしたからってなにかいいことあんのか?
もちろんない。
むしろ確実によくなくなる。
この演奏をそういうレベルで直さなかったのは、プロデューサーであるミック・ジャガーキース・リチャーズ/ドン・ウォズの見識である。
センスがある、とはこの場合「便利なものを敢えて使わないセンスの良さ」である。
あえて言ってしまえば、彼らの知性である。

ミックのヴォーカルは60歳過ぎとは思えないくらい生き生きしている。
バンドとしての躍動感も見事だ。
キースとチャーリーの間もストーンズ、としか言いようがないかっこよさだ。
これでダリル・ジョーンズが、もうちょっと下手っぽく弾いてくれたらサイコーなんだが。

しかし、修正少な目の下手さがいい、なんてのは一体どういうことだ?

でも、掛け値なしにかっこいいです。
センス悪い癖に機械に頼りがちなアホども、これを聞いて出直してきやがれ。