コテコテではない時のグラント・グリーンもまた素敵だ

グラント・グリーンは大好きなギタリストだ。
このお薦めでも取り上げたことがあるけれど、何回だって取り上げていい気がする。
泥っぽくて、勢いがあって。盛り上げ上手で。
こういう人はホントにいいなぁ。

デューク・ピアスンは知的なピアニストだ。
バリバリ弾きまくるテクニシャンではないが、フレーズや音の組立方に知性を感じる。音の隙間が気持ちいい。

この二人が組んだアルバム1964年のアルバム「アイドル・モーメンツ」はちょっとダルで大人のアルバム。
どちらかというと、デューク・ピアスンの持ち味、彼の土俵の上にグラント・グリーンも乗っかって弾いているような感じだ。

だが、これが実に絵になるのだ。
グラント・グリーンはブルージーな泥臭さを身上としつつも、単なるコテコテ一辺倒のひとでもない。
なんというか、彼なりの独自の洗練があるのだ。
ただ、それは人によっては洗練とも聞こえないような微妙な部分なのだが。

普段のグラントは、直情径行というか、わりと分かり易いプレイをする。
しかしこの日は違う。
人の微妙な感情の綾、に入りこんでくるような、実に精妙な演奏だ。
重心が下の方にある、といってもいいかもしれない。

心の弱い部分をすっと撫でていくような、そんな演奏である。それは多分にデューク・ピアスンがしかけた部分のような気がする。
でも、グラントにも当然そういう部分はあるわけで、それをうまく引き出したのがデュークだったのだろう。

こういうのを幸福な出会いというのだろうな。
ジャック・マクダフやジョン・パットンと組んだ時のグラントの、ばりばりの演奏も大好きである。
でも、こういう繊細なグラントも最高だ。
普段うるさいくらい陽気な人の繊細な部分を垣間見ると、はっとすることがありますね。そんな感じだ。

静かな夜に、温かいお茶でも飲みながら聴くと最高に滲みます。